『@出発〜パリ初日』

確か、まだ二十代後半の頃だったと思う。絵の仲間に誘われ、ロンドン、パリ8日間の旅に行くことになった。当時は予防接種もあったし、1ドルが270円くらいだった。羽田空港からKLM機でアラスカを経由し、アムステルダム、パリへ。機内は今と違って煙草を吸うことはできたが、酒類はお金がかかった。

何せ20時間以上機内で過ごさなければならない(今なら直行便で12時間)。あらかじめ羽田の免税店でウィスキー、日本酒などを買い求め、夕刻機内に乗り日本を発つ。途中、機内食が何度も出る。そのたび飲んだり、食べたり、英仏の会話の本を勉強したりして時を過ごすが、どうしても飽きる。気圧が低いせいで酔いの回りも早い。

そこでちょっとしたイラズラ気分が出た。途中アラスカから本国へ帰るために乗り込んだスチュワーデスが犬を連れてきた。その犬に面白半分に日本酒をなめさせると、これがまたうまそうにペロペロとなめる。いい飲みっぷりについつい与えてしまったが、こちらとしては少しの間だが暇つぶしにはなった。

しばらくして、後部座席の方でザワザワ騒ぐ声がする。何だろうと思って見ると、何と日本酒をなめたその犬がウンコをしてしまったようだ。数人のオランダのスチュワーデスが鼻をつまみ、「クッサイ、クッサイ」と言っているのだろう、チリ紙で床をふいていた。いくらイタズラにしても(でも、まさかこんなことになるとは思わなかった)、ちょっと悪いことをしたなあ、と反省した(どうしても観光気分になり、気が緩んでしまっていた)。

さて、そうこうしているうちにパリに着いた。冬の早朝なので外は真っ暗。明るくなるのは8時過ぎ。すぐに観光バスに乗る。添乗員が「混まないうちにモンマルトルの丘に行きます」と言うが、こんな暗いうちに何が見えるのか不安だった。取材を目的に来たけれど、初日からこんな調子では先が思いやられた。ま、観光に徹しようと思った。

ところが、モンマルトルの丘に登ると日がうっすらと明るくなるにしたがって、パリの街が浮かび上がってきた。最初のパリのご来光!トレビアン!なんと美しいことか。その美しさゆえに、体は地面に張り付いたようにしばらく動くことができなかった。(今でも目を閉じるとあの光景がまぶたに焼き付いている=これが後になって、イタリアンピンクとの出逢いになるなんて・・・・・・、後日記述する)

だんだんと明るくなり、サクレクール寺院、テアトル広場に観光客が混んできた。丘を降り、セーヌ河沿いを通り、ノートルダム寺院、コンコルド広場、凱旋門、エッフェル塔、1時間程度のルーブル美術館見学(1点1点観ようと思うと1週間以上かかる)等々、バスでぐるぐる回る強行軍だ。どこがどこだか分からない。でも日本と違う!額縁を通して観ればどこでも絵になると思った。古い建物、道、河、木々、人々も違う。当時美術の時間に子供たちにゴシックは、ロマネス様式とは、と教科書の上で教えたことは「タナボタ」だった。写真で見て教えていることとの違い。

自分が今、現実にここに来ている実感とのギャップに気付き、その日の午後は自分で歩こう、地下鉄に乗って行きたい場所で描こうと思い、パリの地図片手に身軽な姿でスケッチブックに用具とカメラを入れて出かけた。

印象の強かったシテ島の中にあるノートルダム寺院を裏側から描き始めた。上の尖塔から描き始めてハッと思った・・・・・・。
                                                                           (つづく)

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